【一青窈】両親は何の病気でなくなった?父母はどんな人で複雑な生い立ちとは?

アーティスト

こんにちは、ララです☆

 

「ハナミズキ」など多数のヒット作を持つ、

アーティストの一青窈(ひととよう)さん

心に沁みわたる歌声が魅力ですよね。

 

そんな一青窈さんですが、

幼い頃に両親をなくすというつらい体験をされているのです。

 

今回の記事では、

一青窈さんのご両親はどのような人物で、

何の病気でなくなったのか、

また、一青窈さんの複雑な生い立ちについても調べてみました。

 

さっそく見てみましょう。

両親はどんな人?

 

一青窈さんのご両親はどのような人物なのでしょうか。

 

父親は台湾人のお金持ち

 

出典:https://twitter.com/

 

一青窈さんの父親は台湾人で、

お名前は顏恵民(がんけいみん)さんとおっしゃいます。

 

顏恵民さんは、

台湾の5大財閥である顏(イエン)一族の長男でした。

日本統治時代の台湾人の多くは日本国籍で、

上流階級層の子供は日本に渡って勉強していました。

顏恵民さんも日本に渡っていましたが、

日本で戦争が始まったことと、

台湾で「二・二六事件」が発生し、祖父らを心配して台湾に戻りました。

しかし、共産党のスパイ摘発の名目で、

多くの同級生が逮捕されていることに危険を感じ、

約2年で再び日本に戻ってきたのです。

 

一青窈さんのお母様と日本で出会い、

恋に落ちて結婚することになった顏恵民さん。

顏恵民さんは昭和一桁生まれで、

一青窈さんのお母様と結婚したのは40歳を過ぎてからだったそうです。

大財閥の御曹司となると、

結婚したい女性はたくさんいたと思いますが、

顏恵民さんが見初めた女性は、

一青窈さんのお母様だったのですね。

 

母親は日本人

出典:https://president.jp/

 

一青窈さんのお母様のお名前は、

一青かづ枝(ひととかずえ)さんとおっしゃいます。

「一青」という姓は、あまり聞き慣れませんが、

石川県に多い苗字で、一青かづ枝さんも石川県民なのです。

つまり一青窈さんは、

台湾人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフなのですね。

 

一青かづ枝さんは顏恵民さんの16歳年下で、

結婚を決意したときに初めて、

顏恵民さんが台湾の大財閥一族の長男であることを知らされたそうです。

 

一青窈さんの両親は何の病気だった?

 

一青窈さんは幼い頃、

ご両親を病気でなくされています

ご両親の病名は何だったのでしょうか。

 

父親の死因は肺ガン

 

一青窈さんのお父様の死因は肺ガンでした。

一青窈さんが8歳の時にお父様はなくなっています。

 

ある時から、ご両親の会話がなくなり、

その理由を知ろうとした6歳年上の姉、一青妙(ひととたえ)さんは、

お母様と主治医と親戚が、

病気について話しているカセットテープを見つけたのだそうです。

本当の病名を伝えないお母様に怒ったお父様は、

口を聞かないどころか、

お母様の作る料理にまで手をつけなくなったそうです。

そんな両親の間の伝言係となったのが、

一青窈さんと一青妙さんだったそうですよ。

 

母親の死因は胃ガンか脳の病気?

 

一青窈さんのお母様は胃ガンを患い全摘手術をされたそうです。

延命治療を望まず、日本尊厳死協会に入り、遺書も書いていたのだそうです。

 

手術から2年経ち、

「もう大丈夫だね」と話していた直後に体調不良を訴え、

検査の結果、「脳腫瘍か脳出血」と診断されたのです。

そして入院してわずか9日後になくなっています。

一青窈さんが16歳の時でした。

 

お母様もガンが分かったとき、

姉の一青妙さんは、

まだ学生だった一青窈さんにお母様の病状をギリギリまで伝えず、

ようやく伝えたのは、

お母様がなくなる12時間前だったそうです。

妹を守るための行動でしたが、

「妹からは恨まれてもしょうがない」とも思っていたそうです。

一方の一青窈さんは、

「言わないでいてくれてありがとうという気持ちしかない」

と語っているのです。

姉妹愛を感じるエピソードですよね。

一青窈さんの複雑な生い立ちとは?

出典:チケットぴあ

 

一青窈さんの生い立ちについて見てみましょう。

 

幼稚園までは台湾で暮らしていた

 

日本で知り合った一青窈さんのご両親でしたが、

テロが沈静化したことで台湾に帰国し、

のちに、一青窈さんは誕生しました。

一青窈さんは台湾生まれなのですね。

 

そして、

幼稚園を卒園してから、父親を台湾に残し、

一青窈さんは、母親と姉の3人で日本に移り住むことになったのです。

この理由について一青窈さんは、

「将来像や家族の幸せなど、いろいろと考えての選択だった」

引用:日刊スポーツ

と語っています。

 

父親がいない寂しさから詩を書くように

 

幼くして父親と離れて暮らした一青窈さんは、

父親が買ってくれたディズニーのお話のレコードを毎日聴いていたそうです。

そうすることで寂しさを紛らわしていたのですね。

 

お父様にマメに手紙も書いていたそうですが、

8歳の時に父親がなくなり、

あて先のなくなった手紙は、詩という形に変わり

書きためていったそうです。

 

さらに、

小学校高学年になると、宮沢賢治の詩に感銘を受け

さらに触発され、詩を書くようになったのだそうですよ。

 

お父様から贈られたレコードを聴き、

涙をこらえて書いた手紙や詩が、

歌手一青窈さんを生んだのですね。

まとめ

出典:livedoor

 

いかがでしたでしょうか。

 

今回の記事では、

歌手の一青窈さんの家族や生い立ちについて調べてみました。

 

◆父親は台湾人で財閥一族の長男
◆母親は日本人で「一青」は母方の苗字
◆8歳で父を、16歳で母をガンでなくしている
◆幼稚園までは台湾で暮らし、卒園後父を台湾に残し日本で暮らした

 

台湾と日本の両方に家を持つほど、

裕福な家庭で育った一青窈さん

一方で、幼い頃から父親と離れて暮らし、

幼い頃に両親を病気でうしなうという経験をしていたのですね。

 

さみしい思いを詩に綴っていたという一青窈さん。

幼い頃の経験が、今の一青窈さんを生んだのかもしれません。

 

現在は優しい旦那様と3人の子供に囲まれ、

幸せに暮らしている一青窈さん。

これからも素敵な歌声を聞かせて欲しいですね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました☆

 

ISE
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