【岡本知高(ソプラノ歌手)】ペルテスってどんな病?五輪閉会式に出るまでの経歴!

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こんにちは、ララです☆

 

ソプラノ歌手の岡本知高(おかもとともたか)さん

東京2020オリンピックの閉会式での、

オリンピック賛歌の独唱は圧巻でしたね。

 

そんな岡本知高さんは子供のころ、

股関節の病気のひとつである、

「ペルテス病」を患っています

「ペルテス病」とはどんな病気なのでしょうか。

 

岡本知高さんが、

ペルテス病を発症してから現在まで、

どのような生活をし、

どのようにして数少ないソプラニストになったのか、

岡本知高さんの経歴を調べてみました。

岡本知高さんが患った「ペルテス病」とは?

 

「ペルテス病」とはどんな病なのかを見てみましょう。

 

ペルテス病について

1 どんな病気?  子どもの股関節の大腿骨の頭の部分への血行が何らかの原因で途絶され、骨の壊死(骨の細胞が死んでしまう) がおこり、骨の強度が極端に弱くなり、放置しておくとつぶれて骨に変形が生じてしまう病気です。

2 どんな子どもがかかるのですか?  2〜10 歳(特に好発年齢は 4〜7 歳)の男の子(女児の約 5 倍の発生率)に多い病気です。

発生頻度はアメリカの報告では男子 750 人に 1 人、女子 4000 人に 1 人といわれています。

⼀般的には⾝⻑が低く、活発な元気な男の子に多いとされています。

3 発症時の症状は?  多くは股関節の軽い痛みと跛行(びっこ)が初発症状としてあります。 同時に股関節の動きの制限、特に内外旋の制限(あぐらがかきにくい、股関節をひねると右と左の動きが違う) が生じます。

4 どういう経過をとるのですか 子どもの病気であるペルテス病は、大人の同様の病気である特発性大腿骨頭壊死症と異なり、血行の再開通が おこり修復機転が働くことが大きな特徴です。発症からこの修復機転が終了するまでは、年齢や障害を受けた 範囲にもよりますが、おおむね 3 年から 5 年です。

引用:あいち小児保健医療センターホームページより

岡本知高さんがペルテス病を発症してからソプラニストになるまで

 

岡本知高さんがペルテス病を発症してから、

数少ないソプラニストになるまでの軌跡をたどってみましょう。

 

岡本知高さんの幼少期は施設での生活

 

岡本知高さんは、

小学校1年生のときにペルテス病を発症しました。

 

自宅がある高知県宿毛(すくも)市から、

車で3時間かかる養護学校併設の医療施設に4年間在所しました。

 

平日は養護学校と医療施設で過ごし、

毎週土曜日に片道3時間かけて自宅に帰り、

また日曜日には戻るという生活を4年間送りました。

 

片道3時間の車中で、

市民合唱団に所属していたお母さんと、

歌を歌っていたそうです。

帰宅すると、

7歳上のお姉さんが弾くピアノに合わせて歌ったそうです。

 

この頃から歌が好きだったことと、

お母さんやお姉さんも音楽が好きだったという環境が、

岡本知高さんのルーツなのかもしれませんね。

 

岡本知高さん11歳で病気が完治

 

岡本知高さんが11歳のとき病気が完治し、

自宅に戻ることができました。

 

のちのインタビューで岡本知高さんは、

「大半の仲間たちは治らない」

「子供ながらにそのことを知っていた」

「彼らを置いて自分だけ去っていくのが辛かった」

と涙ながらに語っています。

 

普通の11歳なら、

自宅に帰れることへの喜びでいっぱいなのではないでしょうか。

まわりの子供たちの気持ちを思い、

大人になった今でも、

その時の事を思い出し、

涙に声を詰まらせる岡本知高さんは、

本当に心優しい方なのでしょうね。

最初は音楽教師志望だった

 

岡本知高さんは、

小学5年生で地元の小学校に戻りました。

ピアノを習い始めると、

みるみる上達したそうです。

 

中学、高校では吹奏楽部に所属し、

アルトサックスに夢中になりました。

 

吹奏楽に携わりたかった岡本知高さんは、

音楽教師になろうと決め

受験科目に「声楽」があったため、

歌の練習を始めたのは高校3年生のおわりです。

 

レッスンを受けるためにある指導者を訪れたことで、

岡本知高さんの人生は大きく動きます

 

指導者は、

岡本知高さんの声を聴くやいなや、

東京の「国立(くにたち)音楽大学」の知人に電話をかけたそうです。

突然目の前に現れた、

ソプラニスタに本当に驚いたのでしょうね。

 

ちなみに「ソプラニスタ」というのは、

成人男性でありながら、

女声の最高音域のソプラノ歌唱が可能な歌手のことで、

世界でも数少ない存在なのです。

 

岡本知高さんは、

「国立音楽大学」を準主席で卒業

その後留学したフランスの「プーランク音楽院」を主席で卒業するという、

輝かしい経歴の持ち主なのです。

 

帰国後は、

CDデビュー、テレビCM、バラエティ番組などに出演しブレーク

そして東京2020オリンピック閉会式での圧巻のパフォーマンス

本当に素晴らしい活躍ですよね。

Amazonプライム「マスクドシンガー」は岡本知高さんだった!

 

話題になった、

Amazonプライムの「ザ・マスクド・シンガー」

 

連獅子(れんじし)として出演したのは、

岡本知高さんでした。

出典:https://twitter.com/

インパクトのある声と、

連獅子という歌舞伎姿で、

「歌ってるのは誰?」と

予想大会が繰り広げられました。

 

この重たい衣装を着て、

これだけの歌唱ができるところはさすが!の一言ですね。

 

ほっぺのメイクが、

「デーモン閣下」にそっくりですね。

2020年に行われたコンサート、

「悪魔の森の音楽会」で共演した、

デーモン閣下の影響か憧れかもしれませんね。

岡本知高さんのプロフィール

 

出典:https://www.instagram.com/

岡本知高さんのプロフィールを簡単にご紹介します。

 

◆名前    岡本知高(おかもと ともたか)

◆性別    男性

◆生年月日  1976年12月3日(2021年10月現在44歳)

◆出身地   高知県宿毛(すくも)市

◆学歴    国立(くにたち)音楽大学・仏プーランク学院

◆所属事務所 ホリプロ

まとめ

 

いかがでしたでしょうか。

 

今回の記事では、

ソプラニスタの岡本知高さんが患った足の病気、

「ペルテス病」はどんな病気なのか、

岡本知高さんが病気を乗り越え、

ソプラニスタになるまで、

どのような軌跡をたどったのかを調べてみました。

 

◆小学1年生のときにペルテス病を発症

◆小学5年生のときに完治

◆中学、高校では吹奏楽部に所属

◆最初は音楽教師になりたかった

◆歌の指導者に才能を見い出される

◆国立音楽大学卒業後、フランスに留学

◆帰国後ブレーク

 

インパクトのある声と風貌。

そしてソプラニスタという稀有な才能。

一度見ると忘れることのできないパフォーマンス。

 

そんな人の心を惹きつける岡本知高さんは、

子供の頃、足の病気を患っていました。

 

のちのインタビューで岡本知高さんは、

養護学校と医療施設で過ごしたことについて、

「ものすごく我慢した」

「タフな精神が育まれた」

「いまだにがまん強い」

と語っています。

 

これからも、

色々な場面で素晴らしいパフォーマンスを披露し、

人々の目を楽しませて欲しいですね。

 

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