【福田和子】元同僚ホステスとの会話!犯行の手口は?

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こんにちは、ララです。

 

1982年に同僚のホステスを手にかけ、

14年11カ月もの間逃亡を続けた、

福田和子

 

福田和子は、

元同僚ホステスの首をしめてたのです。

 

犯行にいたった時の2人の会話や、

どのような手口で犯罪を犯したのかを見ていきましょう。

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福田和子と被害者女性の口論から事件は始まる

 

福田和子は、

事件が起こった1982年8月19日に、

被害者女性のマンションをふらっと訪れました

 

これがすべての始まりでした。

 

福田和子と被害者女性は「店を出すかどうか」でモメていた

 

別記事で触れていますが、

福田和子と被害者女性は、

お店を出すかどうかの話でモメていました

 

福田和子は果物ナイフで被害者女性にけがを負わせる

 

話し合いをしているうちに、

被害者女性の態度に立腹した福田和子は、

そこにあった果物ナイフを手に取りました

 

このときは、殺意まであったかどうかは分かりません。

 

のちの公判で福田和子は、

「彼女の後ろ姿を見とったら、体中が火になったような気がした」

と語っています。

 

よほどの怒りがあったのか、

もともとカッとなりやすい性格なのかは分かりません。

 

果物ナイフを福田和子の手から取ろうとした被害者女性。

揉めている間に、被害者の手にケガをさせてしまいます

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帯締めで首を絞めた

 

被害者女性に、

「こんなまねして、警察に言ってやる」

と言われた福田和子は、

「警察だけはこらえてください」

と土下座して謝ったそうですが、

被害者女性は許してくれず、

「警察に言うたら、(男と)もう終わりや」

と福田和子の胸のあたりを蹴ったそうです。

 

そう言われた福田和子は、

自分の左側にあった帯締めで被害者女性の首を絞めたのです

 

最後の被害者女性の言葉は、

「お店をするんなら、あんたとなんかしないで、一人でするわ」

だったと福田和子は語っています。

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まとめ

 

いかがでしたでしょうか。

 

今回の記事では、

福田和子と被害者女性との会話と、

どういった方法を使ったのか調べてみました。

 

◆被害者女性宅を訪れて、店を出すかどうかの話しをしていた

◆被害者女性の態度に立腹し、果物ナイフを手にし、ケガをさせた

◆警察に話すと言われ、帯締めで首をしめた

 

ひとつひとつの状況を見てみると、

元同僚ホステスのマンションを「ふらっと」訪れたことも、

「たまたま近くに帯締めがあった」ことすべて偶然なんですね。

 

もしも、

マンションではなく喫茶店で話し合いをしていたら・・?

 

もしも、

そこに帯締めがなかったら・・?

 

福田和子も被害者女性も、

先の人生が違ったものになっていたかもしれません。

 

「偶然」というものは、

本当に不思議なものですよね。

 

世間も決して忘れることのない、

「松山ホステス殺人事件」。

犯人である福田和子も、

その場で起こったことや、

話したことのひとつひとつや、

帯締めが「左側に」あったということまで、

15年経っても鮮明に覚えていたということなんですね。

 

福田和子は、

遺族への謝罪はしませんでしたし、

公判では、

「こんなに楽になるなら、早く自首すればよかった」

自分本位な後悔の念は語ったものの、

謝罪の言葉や態度も見られなかったといいます。

 

遺族からしてみれば、

どんな事情があったにせよ、

家族が殺害されるということは、

何よりも耐えがたいものですし、

少なくとも謝罪の言葉を聞きたかったのではないでしょうか。

 

 

別の記事でも、

「松山ホステス殺人事件」について深掘りしています。

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