【永野芽郁】母子家庭育ちだった!母親の画像や人物像とピンチを救った言葉とは?

俳優・女優・声優

こんにちは、ララです☆

 

女優の永野芽郁(ながのめい)さん

ドラマや映画、CM出演などにひっぱりだこで、

今や日本を代表する女優さんになりましたね。

 

そんな永野芽郁さんは母子家庭育ちで、

お母様は永野芽郁さんを女手一つ育てたそうです。

 

今回の記事では、

永野芽郁さんとのお母様はどのような人物なのか、

また、仕事に悩んでいた永野芽郁さんを救ったお母様の言葉とは、

どのようなものだったのか、調べてみました。

 

さっそく見てみましょう。

永野芽郁さんは母子家庭育ちだった!

出典:https://www.instagram.com/

 

永野芽郁さんの母親はシングルマザーで、

女手ひとつで、永野芽郁さんと兄の永野リュウジさんを育てたようです。

 

「A-Studio+」で母子家庭であることを告白

 

永野芽郁さんは、2022年7月1日に放送された「A-Studio+」で、

 

「母子家庭なので、母がすごい大変な思いをしているのは、もちろん分かっていたんですけど。母の力って偉大なんだっていうのを見て育ったので。ちょっとやそっとのことで、めげていちゃダメだなって思いますね」

 

と語っていることから、

永野芽郁さんは、母子家庭で育ったことが明らかになっています。

 

さらに、2016年の母の日には、

自身のブログでお母様への感謝の気持ちを綴っていました。

 

「ママに一番言わなきゃいけないこと。ありきたりだけど、いつもありがとう。ありがとうって言葉だけでまとめちゃうのは簡単な感じもするけど。でも本当にありがとう、でいっぱいです。

「ママはすごく強くて、でもその強さが心配になる時もあって、私よりも何倍も何十倍も大変なのに、手を抜かずに全力で頑張ってて、めっちゃかっこよくて、やっぱり私の憧れの人」

「心配かけたり、不安にさせたりしちゃってごめんなさい。ママの負担が減るようにって1人でやろう!とかたまに思うけど、結局はまだまだ甘えてて。何かあるとやっぱり、ママを頼ってるし、辛いこと、嫌なことがあったら顔見るだけで涙出てきちゃうし、嬉しいこと、面白いことがあっても
一番に報告したいって思う」

「まだまだ子供だけど、いつか大人になるはずだから笑。これからもよろしくお願いします(^ ^)」

 

女手一つで育ててくれたお母様を気遣う言葉や、

かっこいい母親への憧れ、

そして、甘えさせてくれることへの感謝と、

またまだ甘えたいという気持ちも見え隠れしていて、

とても素敵なメッセージですね。

 

両親の離婚時期は小学生~中学生時代?

 

永野芽郁さんの両親が離婚したのは、

永野芽郁さんが小学生~中学生の頃だったと見られています。

 

離婚理由や父親については、明らかにされていませんが、

離婚後も親子3人で幸せな生活を送ってこられたことは、

永野芽郁さんの言葉を見れば明らかですね。

 

実家は裕福な家庭だった

 

永野芽郁さんの育った家庭は裕福であったと言われています。

 

その理由は、

◆兄のリュウジさんが5年間アメリカ留学していた
◆永野芽郁さんが新体操を習っていた

 

留学も新体操という習い事も、高額な費用がかかるため、

実家が裕福だったと言われているのですね。

永野芽郁さんの母親はどんな人?顔画像はある?

 

永野芽郁さんのお母様は、

どのような人物なのでしょうか。

 

年齢や職業は非公表!顔画像は?

 

永野芽郁さんのお母様については、

年齢や職業、顔画像については明かされていません。

 

顔は写っていませんが、

永野芽郁さんが「A-Studio+」に出演するにあたり、

笑福亭鶴瓶さんが会いに行ったようですね。

 

その時の画像がコチラ↓

出典:https://twitter.com/

スキニーデニムを履きこなすスタイルの良さと、

「トークがおもしろい!」と話題になりましたね。

 

出典:https://twitter.com/

永野芽郁さんが幼い頃の写真も公開されましたが↑、

顔は隠されているものの、

雰囲気は永野芽郁さんに似ている感じがしますね。

 

共通の趣味を楽しむ仲の良さ!

 

永野芽郁さんとお母様は、

「サーフィン」「バイク」「ドラム」という、

共通の趣味があるそうです。

お2人の仲の良さがうかがえますね。

 

ピンチを救った母親の言葉と感動エピソードとは?

 

永野芽郁さんはトーク番組などで、

たびたびお母様のお話をされています。

 

「一緒に逃げてもいいよ」

 

永野芽郁さんは、NHK連続テレビ小説「半分、青い」に出演していた時、

難しい役柄だったこともあり、セリフが覚えられず、

お母様に初めて弱音を吐いたそうです。

 

その時にお母様は、

「それあかんのやったら辞め。一緒に逃げていいよ。迷惑かけるやろうけれども。私も一緒に逃げるから気にすんな。あんた、壊れたらあかんよ」

 

と、永野芽郁さんに愛情あふれる言葉をかけたそうです。

お母様から優しい言葉をかけてもらった永野芽郁さんは、

「半分、青い」で楡野鈴愛(にれのすずめ)役を演じきり、

朝ドラ視聴者に元気を与えてくれましたね。

 

それまでのお母様は、仕事に対して厳しい人で、

永野芽郁さんが、

「電車代は子供代金なのに、なぜ大人と同じように働かないといけないの?」

と言ったときにも、

「それとこれとは別!」

と厳しくいっていたそうです。

 

オーディションに行くのも、撮影に行くのも、

いつもひとりだったという永野芽郁さん。

これまでとは違う、お母様の優しい言葉に、

永野芽郁さんは救われたのでしょうね。

 

「半分、青い」グッズを買って来た

 

永野芽郁さんのお母様は、

NHKスタジオパーク(2020年5月閉館)を訪れ、

「半分、青い」のグッズを購入し、

永野芽郁さんにプレゼントしてくれたそうです↓

出典:https://twitter.com/

 

おそらく、永野芽郁さんが番組関係者にお願いすると、

もらえるであろうグッズを買ってきてくれるお母様は、

とても娘思いで、キュートな方ですよね。

 

芸能界入りに反対するも、現在は一番の味方

 

小学3年生の時にスカウトされた永野芽郁さんですが、

当初お母様は、

「簡単な世界じゃない」

「あなたはこの仕事をやる必要はない」

と、永野芽郁さんの芸能界入りに反対していたそうですが、

現在は、

番組が始まる3分前に「はじまるよ!」という連絡が来るほど、

応援してくれているのだそうです。

 

そんなお母様の事を永野芽郁さんは、

「母は一番の味方、事務所に入った時から応援隊」

と語っています。

素敵な関係ですよね。

まとめ

出典:https://www.google.com/

 

いかがでしたでしょうか。

 

今回の記事では、

永野芽郁さんの母親はどのような人物なのか調べてみました。

 

◆永野芽郁さんは母子家庭育ちだった

◆両親の離婚は小学~中学時代と見られる

◆母親はスタイルが良く、面白い女性

◆ドラムやバイクなど、共通の趣味を一緒に楽しんでいる

◆朝ドラ出演に悩んでいた時に優しい言葉で永野芽郁さんを救った

 

女手ひとつで、

永野芽郁さんとお兄さんを育て、

今は一番の理解者の永野芽郁さんのお母様。

サーフィンやドラム、バイクなどの共通の趣味を、

いつになっても一緒に楽しめる関係も素敵ですね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました☆

 

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